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入学式、「しょうた」は欠席した。他の先生に言わせると、「中学校時代、不登校だったんじゃないかな?それでも高校を入学を機に「新しい舞台では知り合いも少ないし、気持ちを新たに頑張ろう!」って5月くらいまでは来るんだけどね。」とのこと。
しょうたの住所を調べると、神奈川県秦野市と書いてある。小田急線からの千代田線直通で一本とはいえ、まぁ、遠くから登校するものだなぁ。保護者からは「一昨日から風邪をこじらせていて、良くなってきているんですけど・・・。」という連絡。入学式は無理してもいいと思う。というか、ここでいないと友達関係で一歩遅れをとってしまう。まぁ、僕が最初は面倒を見てあげればいいかな?って最初は気楽に考えていた。
翌日のオリエンテーションも来なかった。その翌日である今日の健康診断も来なかった。毎朝母親から欠席の連絡をもらい、さすがに今日は「お母さん。風邪じゃないかもしれませんから、一度病院に行ったほうがいいですよ」と伝えた。
主任の宮本先生に報告すると、「さすがに入学式から3日連続は何かあるね。明日来なかったら家庭訪問をしようか。大田先生は明日の放課後は空いているかな?」
もちろん空いている。いや空いていない。授業の予習が終わらない。というか、生徒の顔と名前を覚えるのに必死だ。あと、入学したばかりだから書類の整理が大変だ。それでも「わかりました」と答える。正直に言えば行きたくないが、主任が一緒にいてくれるのだから、行くしかない。
長谷先生に明日の家庭訪問の話をすると「まぁ、期待しないでいってくることだね。自分の力で学校に来させようと思わないことだよ。それこそ、保護者に説教をしてはだめだからね。って新人がそこまでできるわけないか。基本的には宮本先生に任せて、君は頷くだけでいいよ」と軽くあしらわれた。逆にそこまで言われると、自分の力を誇示したくなるものだ。
結局、長谷先生のアドバイスを聞くことなく、自分を貫いたがゆえに大きな失態を犯すことになるのだが・・・。
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神奈川県といっても横浜のように都心ではなく、まだ林も多くこれから住宅地になっていく途上中かな。そう思わせる秦野市だった。坂も多く、「不登校の原因はこれでは?」と勘違いしたくなるほど、駅から坂道を登ったり下ったりした。
ようやく着いたしょうたの家は、普通の一軒家であった。なんというか周りが畑だらけだったので、地主かなにかで庭も広く裕福な家庭で、不登校の原因も甘やかされて育ったからではないかなと考えた。
家のチャイムを押す前に、宮本学年主任から念押しで「基本私が話をするので、大田先生は相槌を打ったりするだけだからね。質問も中学時代の様子とかありきたりな質問だけだからね。」と言われた。正直初めてすぎて相槌をできるかどうかさえ疑わしい。きっと宮本先生は、僕が人見知り激しいのを忘れているな。
ピンポンと押すと、1人の少年が玄関に現れた。背格好てきにもきっと彼がしょうたくんなのだろう。
「こんにちは。千駄木学園の教員をしている宮本といいます。お母さんはいらっしゃいますか?」
「どうぞ、お入りください」としょうたくんは特に表情も変えずに答えて、僕と宮本先生は中に入った。
もしかしたら不登校の原因は家庭内暴力とかで、部屋は荒れているのかなと思っていたが、通されたリビングルームは想像以上にきれいで雑誌や新聞も整っており、お菓子も袋ではなく、お皿に盛られていた。
「こんばんは。しょうたの母です。本日はお忙しいのにこんな遠くまで起こし頂き本当に有り難うございます。お茶を用意しておりますので、どうぞ座ってお待ちください。」
「しょうた、冷蔵庫にある羊羹をお出しして。」
「はぁい。」
うん、特に親子の仲も悪くないようだ。不登校の原因は一体なんなのだろうか。
お母さんもテーブルについたところで、宮本先生が早速切り出した。
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「しょうたくんは体調不良ということでしたが、元気そうですなによりです。しょうたくん、明日は学校来られるかな。」
「はい、明日こそは学校にいきます!」
としょうたは急に笑顔になった。なんだ、不登校ではなくて本当に体調不良だったんだな。
と思ったらお母さんがそっと
「夕方あたりから元気になるんですけど、なんか朝はいつも咳をしていて、体調悪いそうにしているんですよね。」と言った。お母さんは仮病を疑っているのだろうか?
「高校生活が不安だったりするのかな?」
「う~ん、同じ学校の友だちがいないから、不安なところもあるけど、自分で千駄木学園を選んだから、それは仕方ないって思います」
「ちなみに千駄木学園を受験した理由を教ええてもらっていいかな?」
「塾の先生に勧めたから。」
「そうなんですよ。しょうたが慕っている塾の先生が、「しょうたは千駄木学園みたいな仏教の学校で修行して心を鍛えてもらえばきっと成長するぞ」と言われて受験したんですよ」とお母さんが付け足すように喋った。
「お母さん。そろそろラジオ英語始まるから、自分の部屋で勉強するね」と言って部屋へリビングルームから出ていった。
不登校なのはコミュニケーションが苦手で僕のように喋れないからという考えもあったのだが、僕のほうがが何度も目をそらしてしまうほど、はきはきと自分の意見を言えていた。
彼の不登校の原因はなんなのだろうか?
大学の教職課程で、不登校になる子供の特徴を色々と学んできたけど、自閉症にも見えなければ、ADHDでもなさそうだし、やっぱり中学時代にイジメや教員からの体罰なんかがあって、それで学校が嫌なのかな?
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宮本先生から、僕は頷くだけでいいと言われているが、お母さんと宮本先生のやりとりを聞いていても特に原因を特定できそうにもない。最初は中学時代の成績やクラブ活動や友人関係を聞いていたけど、途中でしょうたのクラスメイトに欅坂のメンバーがいるとかで、芸能人の話にうつり、今は美味しいラーメン屋の話で完全に雑談に入っている。
目的は不登校の原因を突き止めにきているのだから、少しは核心に近づかないとこんな遠くまで来た意味がないように感じて、勇気をだして2人の話を遮って話を戻すことにした。
「あ、あのですね。し、しょう、しょうたくんは中学時代も不登校だった時期があったんですか?」
僕が質問をした瞬間。お母さんが眉をひそめながら、即答した。
「いえ、中学時代は毎日遅刻せず登校していましたが・・・」
「実はいじめら・・・」
二言目を言おうとした瞬間、宮本先生が僕のお腹にグーパンチを入れた。不意打ちだったので、思い切り体をかがめた。しかし、お母さんはそれに気付くことなく、というか突然わめき始めた。
「先生たちは、やっぱり中学時代に原因があったと勝手に決め付けるんですか!うちのしょうたは心優しい子で、周りからも慕われていたんです!いじめられるようなこともないですし、毎日きちんと中学校に通っていました。私の言葉を信じていないんですか!!」
僕は痛さよりもお母さんの豹変が勝ってしまい、言葉が出てこなかった。宮本先生は心得ているようで、
「お母さん、わかりますよ。大田は新人なもので原因が必ずあると勘違いしているだけなんです。本当に失礼な発言をして申し訳ありません。」
と頭を下げた。僕もつられて、頭を下げた。
「原因が分かっていたら、私達だってなんらかの対処をしますし、きちんと連絡しますよ。」
と言ったあと、とうとう我慢できなくなったのかお母さんは泣き始めてしまった。
「いや、十分に分かっていますよ。一番辛いのはお母さんだということもわかっております。」
そのあと、宮本先生がいろいろと喋っていたが、もう聞いてくれていない様子だった。
それから10分後、しょうたの家をあとにした。
駅までの帰り際、宮本先生に頭を下げて謝っていたが、宮本先生は僕を見ることなく、下り坂をゆっくりと歩きながら、
「足元ばかり見ていると、ケガをするからもっと前を見なさい。ただでさえ暗いのだから、転んでしまうよ」と諭してくれた。そもそもゆっくり歩いているのも僕が立ち止まりながら謝っているから、僕のペースに合わせてくれているからなんだというのは小田急線に乗ってから気付いたことだった。
「原因を探すことは悪いことではないけど、そんな簡単に見つかったら苦労しないから。すくなくとも教科書になんか載っていないから、もっと話をしながら、探さないといけないんだよ。」
「そして、大田先生も担任として困っているのは分かるけど、一番困っているのは本人であり、ご両親だということを忘れちゃいけないよ。」
宮本主任から、時代が変わっているから常に学ぶ姿勢を持つこと、勝手に判断しないことを注意された。
翌日もしょうたは登校しなかった。
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