文武一道α

「文武両道」という言葉は勉強とクラブ活動を両立させる時によく用いる言葉だ。確かに片方に偏りすぎずに両方をきちんとこなしてほしいと私も思っている。しかし、私はそれ以上に「文武一道」という言葉が好きだ。「文武一道」とは柔道家の三船十段が作った言葉だといわれ、要は「学問も武道も上達するための方法は同じ道のり」だということである。

 

 

私がこの言葉に共感したのは14年前であった。14年前の柔道部は大躍進の年だった。そのときの高校3年生は男子が個人戦で都大会3位に入賞。女子は個人戦都大会で準優勝、団体では関東大会に出場を果たした代であった。この偉業を達成した生徒は、全員駒込中学に入学してから柔道を始めた生徒ばかりであった。入った当初は皆、身体の線が細く、「いつまで続くかな?」と思っていた生徒たちだった。

 

 

何故この学年の生徒だけがこのような素晴らしい結果を残せたのかいろいろと考えてみた。保護者や部員に聞くと、「良い先生や先輩に恵まれた」と答えるが、どの代も先生と先輩はそれほど変化していない。結構な期間考えて導き出された答えは「この学年の生徒は成績も優秀」であった。簡単に言えば、先生・コーチの指導に素直に耳を傾け、地道な努力ができる能力を持ち合わせていたということだ。

 

 

これは学業で成績を向上させる上でも必要な素質である。先生の話をよく聞き、言われた通りに実行する。家でもきちんと宿題をこなして反復を積む。応用問題で分からないことがあれば知的好奇心を持って試行錯誤して理解を深める。そういう姿勢を部活動にも反映することによって都大会でも上位の成績を修めることができるようになったのだろう。

 

 

これは、関東大会に出場した4年後にあたる、10年前にも見事当てはまった。男子は都大会個人戦で3位入賞。女子はエースの怪我で関東大会にはいけなかったが、間違いなく実際に出場した7校目と互角の力を有していた。この学年も、やはり男女とも評定平均は4を超えていた。柔道の成績と学力は比例するのである。

 

 

柔道部で好成績を残した学年と、学校の評価で好成績を残した学年の相関係数は限りなく1に近い。やはり、柔道で結果を残せない学年は学校でも提出物が悪かったり、欠席や遅刻も多かったりした。

 

 

文武両道を目指す生徒には是非、文武一道も意識してほしい。なぜならば、全ての成長の根っこは性格であり、人格であるからだ。フィギュアスケートの羽生選手、一昨年引退したイチロー選手のように一流のスポーツ選手の発言は心に響くものがある。それはスポーツの活動を通じて、困難に直面したときというのは、皆の人生においても似たような困難に直面していて共感できるからだろう。

 

 

よくクラブの顧問が「活動で結果を残すことよりも人としてどうあるべきか」を説いていると思うが、つまりは、人格をきちんと形成できなければ、部活動でも結果を残せない。それは何事も上達する道のりは同じだと言うことを伝えたいのだと私は確信している。

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