教育の力

B:楽修のコラム

なぜ、戦争は起こるのだろうか? 普通、他者を殺すことは犯罪である。しかし、戦争の場合は称賛されることもある。何故なのだろうか。

これは、日常生活でも同様である。なぜ、犯罪を犯す人がいるのだろうか? なぜ、いじめは起こるのだろうか? なぜ、虐待は起こるのだろうか? 誰もがいけないとは分かっているはずなのに、している人がいる。何故なのだろうか?

やってはいけないことをする背徳感が嬉しいからなのだろうか?

いじめることで得られる優越感なのだろか?

自分の正義を振りかざしたいのか?

 

個人的な意見としては

野性が理性に優っている

からではないだろうかと思う。

 

野性とは生まれ持った動物としての本能であり、

生存本能と言ってもいいだろう。

それに対して、

理性とは社会で生きていくために学ぶルールや道徳に

従って生きていくものである。

 

結局のところ

戦争であっても、犯罪であっても

自分が生きていくための防衛本能が働いていると思う。

いじめや虐待においても自分の生活を守る(楽しく生活する)

ためのものだと思う。(まぁ、違うケースもあるけどね)

 

今はグローバル社会になって、多様性を尊重する時代になったが、

異文化どころか同じ文化で過ごす人に対しても性格や行動を

許容できないのはどうなのか。

 

人それぞれ異なるのだから、

それを「そうなんだね」と受け入れることができれば

いいなぁと思うし、

己を忘れて他を利する

忘己利他の精神で

他者に寄り添えるようになれると

犯罪や戦争も減っていくと思うんだよね~。

 

どうしても自分の生活、人生、価値観を守るために

野性を発揮してしまうんだろうね。

 

そう考えると、やっぱり教育って大事だなと思うし、

権力を持っている人こそが理性を発揮していかないといけない。

 

最近は生徒を指導するときもこの話を用いている。

カッとなったり衝動的に動いたりするときって

理性を失っている状態だよね。

 

だからこそ、常に心を鎮める時間を作って

理性を前面に出せるようにしないといけないと感じる。

 

たぶん、教育というのは

人が社会で生きていくために必要なルールを守る練習であり、

社会を発展させていくために、必要な知識を習得していくことなんだろうね。

つまり、教育とは理性を獲得することなんだろうね。

 

そういう本質を忘れずに、教師を続けていこうと思う。

 

 

 

 

 

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