最近になって気付いたこと。

3月の初めに、同僚であったHた先生から

「教員をやってて若いときは気づけなかったけど最近になってようやく分かったこと。(ここ数年で考えを改めたこと)」

というコラムのネタをまたまたいただきました。有難うございます。

ただね、、、最近気付いたことはほとんどないんですよね。正直に言わせてもらえば、そうやって気付いたことはほとんどが30代半ばです。学級通信を始めたり、読書を始めたりした時期で、ここが長田のターニングポイントになっています。

ということで、次回から30代半ばに気付いたことをいくつかコラムにしていきたいと思います。Hた先生、それで許してください。

今回は本当に3年前にくらいに気付いたことを書きます。

長田は学年主任の方が向いている! ドン!!

なんかこれを読んでいる同僚からいろいろ言われそうだな……。まぁ、いいや。苦笑。

あっ、好きなのは担任ですよ。

ただね、担任をしているときって、クラスの生徒のために頑張っているから、自分のクラスの生徒からはとても好かれるけど、他クラスからは……。それこそ玉蘭祭や体育祭はライバルだから、いかに敵に勝つかを考えるんだよね。

なんといったらいいのかな? 例えば三者面談も自分だけ30分やったり、長期休暇中も行うこともある。周りより上の事をするっていう意味ではなく、ただただ生徒や保護者のためにベストを尽くしているだけ。だけど、他クラスの生徒や保護者からしたら「なんで長田クラスだけ……」ということになる。まぁ、そんなこと言われたことはほとんどないけどね。

近い言葉を探すと「協調性がない」かな。苦笑。

言い訳をすると、協調性って、「みんなができることを歩調を合わせて行う」のではなくて、「良いことがあれば、それをみんなできるように協力する」だと思っている。たとえば長田は学級通信や学年通信を発行し、さらに最近はイベントのたびに動画を作成し、保護者会などで上映している。(年度末にDVDに焼いて配布する)。生徒も喜んでくれるが、特に保護者からは好評である。賛辞の言葉を結構な数をもらっていて、遣り甲斐も感じている。

だから「他の先生も同じことをすればいいのに」と思っている。ただ、平常業務で忙しいから、通信を発行できないというのも理解している。だから、今年他クラスから「長田の学級通信を読みたい」という声がほどほどにあったとも聞いた。まぁ、そんな感じで他クラスの担任と同じ歩調で歩けないところを反省しているというか(いや、全然反省していないけど)、ちょっとやりにくさを感じている。

それに比べて数年ほど学年主任を務めたが学年主任のときは生徒のためにというより、担任のために働いている。何人かの先生にも直接言ったことがあるが、

「担任は最前線で働いているんだよ。一所懸命に頑張っていたって流れ弾に当たることはあるよ」ということで、失敗やクレームがあったときにそれをサポートにすることに徹している。学級通信も学年通信に変われば担任の差はつかず、公平にサポートできるんだよね。まぁ、たまに「長田先生、〇△先生に過保護(甘い)ですよ」と言われるんだけど、サポートをしているだけなんだよね。サポートが不要な人には当然サポートしない。それだけ。

あと、教師になることを決断した理由の1つに「できないことをできるようにする」というのがあるんだけど、成績下位者の指導を学年全体で長田が指導できるようになったというのも大きいな。昔は柔道部員や他の先生に頼まれたときだけやっていたけど、主任のときは自分主導で下位者講習できるからね。できないことをできるようになると生徒も教員も嬉しいと思うんだよ。そういうことって学年主任のほうがやりやすいんだよね。

こんな感じで担任の先生が、どうやったら仕事がスムーズにできるかを考えて働いている。長田にとって「縁ある人々を幸せにする」をモットーに生きているんだけど、担任のときは生徒、学年主任のときは担任をターゲットにしている。そうやって生活していたときにふと「あれ、長田は学年主任の方が向いているんじゃね」と気付いた。

っていう話を最近いろんなところでしているんだけど、O久保先生に「長田先生、自分は昔からそう言っているじゃないですか!」と言われた。確かに聞いたことある。笑。

あっ、なんで最近いろんなところで言っているかというと、今年も担任だったから……。

 

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