すでに成っているよ。

最近流行っているのかな? それとも職業柄たまたま耳にするのかな?

「成りたい自分に成る」

という言葉を耳にする機会が増えた。

まぁ、言葉の意味、そして裏に込められた本質も理解しているつもりなので、否定をするわけではないのだが、「いや、成りたい自分にはすでに成れているよ」と思っている。

なんか、こんなことを書くと「いや、全然理想の自分とはかけ離れていますよ」と言われそうだが、そんなことはない。今の自分を築いたのは自分自身の決断である。

今の自分は成りたかった自分

毎日は決断の連続であって、「勉強するか、遊ぶか」「体型維持のために脂っぽいを食べ物を避けるか、好きなものを食べ続けるか」「思ったことをそのまま口にするか、友達関係を維持するためにあえて口にしないか」「仕事を真面目にするか、面倒だからさぼるか」などを決断して、今の自分がある。

よく「親や先生から言われた」と他人のせいにする人がいるが、教員をしている人間から言わせてもらうと「本当に俺の言ったとおりにしているか?」と聞き直したい。全然していないだろう。別にそれをとやかく言う気はないが、人は言われた通りに行動しないケースの方が多いし、最後の決断は自分自身に委ねられている。

もしも自分の理想通りの生活を送れていないなら、送るための行動をすればいい。例えば働いている会社がブラックで辞めたいと考えているならばやめればいい。しかし、多くの人が「再就職できる保証がない」「さらに給料が下がったら困る」とかリスクを考えて辞めない決断をする。

ほら、自分で決断を下しているだろ?

 

まぁ、こんな言い方だとムカついてくると思うのでこの辺で終わりにしておくことが、理想の自分には既に成っている。それは理想と現実の折り合いがついていなかったり、周囲との関係もあるので、上手な決断ができていないかもしれないが、それも含めて自分で決断していることなんだよ。

 

だから、

何が正解か悩むのではなく

決断した道が正解となるように

努力することが大切

なんだよ。

本当になりたい自分に成りたいならば、日々の決断から変更していくことが大切なんだ。その積み重ねの先に成りたい自分がいる。

 

長田は教師をしていて、仕事中は「どちらが生徒を幸せにできるか」という基準で決断を下している。そうすると、どうしてもめいっぱい働くことになってしまうのだが、それは自分が決断した道なので、特に大きな後悔はないし、実際にそれで生徒の成績が伸びれば、それこそが長田の幸せになり、理想の自分に近づくことができる。そこに自分の「面倒くさい」や「楽をしたい」などの感情を入れないように努めている。

 

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