今日はこちらの本のコラムから
世のため人のために生きる
最後の言葉です。これは安岡先生がある青年に言った言葉ですね。
「賢は賢なりに、愚は愚なりに一つのことを何十年と継続していけば、必ずものになるものだ。別に偉い人になる必要はないではないか。社会のどこにあっても、その立場立場においてなくてはならぬ人になる。その仕事を通じて、世のため、人のために貢献する。そういう生き方を考えなければならない」
私は、この言葉は安岡先生がすべての人に託したメッセージだと思っています。そういう生き方を一人ひとりがしていく、それが真の活学だと思います。
要するに、その場その場になくてはならぶ人になるということが一隅を照らすということです。一隅を照らすというのは、なにも自分の周りを照らすんじゃないんですね。自分自身を照らすことなのです。
これはよく社員に言うことですが、皆さんは自分の体を自分のものだと思っているでしょう。でも、自分の体の中に自分のものなんか一個もありませんよ。人間の体を分析したら、その辺のコンクリートと同じ成分が出てくる。全部与えられたものなんです。
天地から与えられたこの命、この体、この心、全部借り物。だから、時間が来たら返さなければいけない。天地から借りている、この自分という場をまず照らさないと、周りなんか照らせない。
だから一隅を照らすというのは、まず自分自身を照らすことなんですね。
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一隅を照らす、解釈はいろいろあると思うのですが、「それぞれがその場でベストを尽くす」という考え方も結構好きです。長田は教師をしているわけですが、生徒や卒業生に向けて一隅を照らしていきたいなと思っています。
まずは自分自身を照らす。そのあとに近い存在を光を照らす。そうやって、みんなが少しずつその円(縁)を拡げていけば世界全体に光を灯すことができると思うんですよ。
縁ある人々を幸せにする
をモットーに長田は毎日頑張っているのですが、そこにはこんな思いも含まれています。もしも長田にお世話になったと感じる人がいれば、是非その恩を周囲の人々に与えてください。そうやって輪が広がっていけばたくさんの人を幸せにすることができると信じています。
まぁ、長田に対しては10年に一度の誕生日会に参加してもらえればそれで十分です。笑

