世の中は便利になった。
自分が大学生の頃はスマホなんてなくてポケベル全盛時代。PHSが出始めた頃。自動販売機も缶ジュースばかりでペットボトルなんて並んでいなかった。
昭和の話をすればテレビは白黒だったし、洗濯機も洗濯槽と脱水槽に分かれていたし、乾燥機なんてものはなかった。江戸時代にいたれば電車や飛行機もなく、移動は徒歩や舟となる。
この200年で世の中は革新的に便利になった。大きな発展を遂げた。今もAIが発達して単調作業は人間に変わって行ってくれるようになったし、娯楽も増えた。
争いにおいても今でも各地で起きているものの、昔のような世界中を巻き込むような戦争は起こりにくくなった(起こったら一瞬で壊滅すると思う)。
こんなに便利で平和な世の中になったのだから、もっと幸せな人が増えてもいいのではないか。しかし、多くの人が色々な意味で貧しい状況が続いている。
先日、上記の本を読んだ。そこには
「人生の豊かさは、4つの資産で決まります。時間・能力・人間関係・お金……。この4つの資産をどれだけ増やせるかで、あなたの人生は変わります。この中で唯一、自分の力で今すぐ増やせるのが時間です。時間も味方につければ、仕事も、人間関係も、お金もすべてがうまく回りだします!」
と書いてあった。別に間違っているとは思わないのだが、間違っていると思う。
時間は自分の力で増やせるが、その時間は他の時間で消費してしまう。
この本ではAIに頼って時間を短縮し、その時間を自分の成長や休暇、人間関係のために費やそうという話であり、実際その通りだと思う。ただ現実はどうだろうか。昔と比べて家事の負担は大きく減った。仕事に関しても体力を使うような労働は大きく減少した。もっと自分の時間を大切にできるようになったにも関わらず、幸せを実感する人が増えていないようだ。
いや、たぶん増えているのだと思うが、ニュースを見る限りそれを実感することができない。たぶん人間は欲深い生き物で、一つ夢が叶うとさらに次の夢を追い求め、常に貧しさを同伴させたい生き物なのではなかろうか。たぶんAIを駆使して時間を短縮できたとしても新たな悩みを生み出していくのではないか。
ここで、この話題の原点に立ち戻りたい。豊かさとは何か。個人的にはあの4つの資産ではないと考える。いや、そのように捉えることは間違っていない。間違っていないのだが、それに定義する限り、いつまでも心は豊かになることがないと感じる。
たぶん、豊かさとは楽しく生きることである。お金や時間が無くても人間関係が希薄であっても、能力が乏しくても、毎日楽しく生きることができれば、それこそが心の豊かさになるのではないだろうか。
長田は、縁ある人々にお金も時間も費やしているので全然持ち合わせていない。人間関係は他人と比べてかなり浅い。能力は他人と比べるとあるようだが、自分では全然ダメだと反省する日々である。だけど心は豊かな自信がある。少なくとも荒んでいるということはない。教師という職を通じて人の役に立てる喜びで満ち溢れている。
この本では時間貧困にならないための工夫を指南している。時間は有限なので上手に使いこなせるようにアドバイスしているのだが、それは何かの時間を短縮することではないと思う。自分の心のあり方に従って使えているかどうかだと思う。
長田はそろそろAIを使いこなせるように学び始めないといけないなと思っているが、実際はまだ使わないと思う。AIに作成したものには長田らしさを染み込ませることができないからだ。だったら自分で時間をかけて1つ1つ作っていたほうが有意義な時間になるし、心も豊かになると確信している。人間関係が希薄だと言っているが、このブログの読者のように長田の事を理解してくれている人はいるので、それで満足している。
何度も言うが、この本が間違っているとは思わないし、「確かに、それもあるよな」と思うことも多い。ただ、本質として心の豊かさの定義を無理に形あるものにしなくていいのではないかと思う。まぁ、そういう見える化しないとスピリチュアルになるから誰も読んでくれなくなるから仕方ないんだけどね。
ちょっとこの本を読んでいて、心にひっかかるものがあったもので……。

