失敗

8月は 本のコラム紹介ではなく、

卒業生のコラムを紹介します。

 

6日~10日の一番手はやはり、はつみのコラムです。

 

 

失敗

 16年間生きてきて後悔した事は人より少ないほうだと思う。私は何でも完璧にやりたいからだ。覚えている中で1番印象深い失敗は中学1年生の時に行われた初めての実力テストである。

 

 

私は小学生の時公文に通っていた。だからそのテストの国語と数学は(最初だったので英語はなかった)、とても手応えがあり難しい問題は無かったように思う。ところが社会はともかく理科は見たことのないような図や絵が出てきて、全く手をつけられなかった。しかしながら空欄ばかりというのはプライドが許さず、解ける問題はないかと一生懸命探した。そして最後の数分で図がたくさん出ているページから頑張って解こうと努力した。

 

 

問題の中に<span style=”color:#FF0000;”>「これは水中の微生物を顕微鏡で400倍にして見たものである。それぞれの正式名称を答えなさい。」</span>というのがあった。時間もなく焦っていた私は‘水中の’と‘400倍’という部分を見落としていた。そのため重大なミスをしてしまった。7,8問あったこの問いの答えで覚えているのは2つだけだ。正答:ミジンコ→鳥、正答アメーバ→クラゲと書いたのだった。

 

 

正解を聞いたところで当時の私はミジンコもアメーバも知らなかった。理科の授業で初めて習った時にはそういうことか、と感動してしまった。親友に話したら相当馬鹿にされたが、理科の得意な彼女は中学の卒業文集で私へのメッセージと一緒にミジンコの説明を載せてくれた。

 

 

もう2度とあんな恥ずかしい失敗はしない。
続いて、上のコラムに書いてある「卒業文集」を掲載。

 

ミジンコの生態系

 

ミジンコとは、水中でプランクトンとして生活する、微小な甲殻類のことである。理科の教科書に載っているあの変なやつだ。体は頭部を除き二枚貝のような背甲に覆われ、横から見るとひよこのような形をしている。ミジンコは通常、メスしか産まず、環境悪化などの生存危機が迫ったときにだけ、オスを産む。たいていのミジンコは中型種で体長1.5~3.5ミリ。広義のものの体長は0.5~3ミリメートルのものが多く。その中でもマギレミジンコという種類は近くに天敵が居ると、頭が尖る。ただ素直に食べられるだけではないのだ。

ミジンコは通常、魚類飼育の際に餌として用いられ、観賞用にしいくされることもある。また、化学物質の生態毒性の試験のために用いられる。私達の生活に関わる小さな生き物。
なんてことはどうでもいいわけで、結局私が言いたかったのは、

 
ミジンコは鳥じゃないから。

 

 
この意味がわかった人、あなたのおかげであみだくじで決めた中学生活がいいものだと思うことが出来ました。

三年間一度も言えなかったけど、ありがとう。

 

 

最後に、2年前、長田のブログ年間1500号更新記念で書いてもらったはつみのコラム。

<div style=”text-align:center;”><span style=”font-size:large;”>私と彼女のその後</span></div>

 

私と彼女の出会いは今からちょうど8年前の中学1年生の時のことで私はB組、彼女はA組だった。30人しかいない女子全員と友だちになることを決めていた私が、彼女とは29番目、つまり最後に友だちになった。何者も寄せ付けない、少し怖い雰囲気を持った彼女はとても魅力的だった。少しずつ少しずつお互いのことを知って、そしていつの間にかかけがえのない相棒になっていた。駒込中学での3年間でたくさんの話をして、たくさんの時間を過ごした。

 

それは決して1日中休み時間もべったりと一緒に過ごしていたという意味ではない。むしろ3年間でたったの1年間しか同じクラスでなかった私たちは、他の人たちに比べて一緒にいた時間は短かった。それでも駒中での思い出を振り返った時にいつでも心の拠り所だったのは彼女で、彼女との時間は高校に入ってからも永遠に続いていくものだと私は勝手に思っていた。

ところがそんな私へのメッセージを卒業文集に残して、彼女は静かに姿を消してしまったのだった。正確に言うと彼女が外部の高校を受験したことは聞いていたのだが、最終的には駒込高校に進学すると思っていたのだ。別れの挨拶もなく、彼女は文字通り行方不明になってしまった。高校に入ってからの私は新しい環境と楽しいクラスに恵まれ充実した学校生活を送る一方で、胸にはぽっかりと穴が開いてしまった様だった。

 

ずっと一緒にいた彼女がいなくなってしまったことは想像以上の苦しみで、私は誰にもその思いを告げることができずに一人で抱えていた。そして返事はこないとわかっていながらも、祈るような気持ちでお正月には新年の挨拶と誕生日には祝いの言葉をメールで送っていた。

高校生活も残り少なくなり彼女の連絡を諦めかけていた頃、「その日」は突然現れた。いつもの様に誕生日にメールを送ったところで、彼女からのメールを受信したのだ。開いてみるとたった一行いや一言、
「はつごめん」。
抑えきれない気持ちでいっぱいだった。辛くて悲しい時間もあったが、彼女がまたこうして連絡をくれたことで足りなかった部分が満たされた気持ちだった。
行方不明だった彼女はニュージーランドに2年間留学し、向こうの高校を出た。4年分の思いを胸に抱いて戻ってきた彼女と再会したのはまだ記憶に新しい去年の2月29日の事だ。海外生活でたくさんのものを身に付けた彼女は眩しかった。英語が堪能になり物事を積極的に考える様になっていた彼女と会って、4年間分のブランクを感じ少し寂しかった。それでも私の知っている彼女だった。今でも変わらず大事な大事な私のパートナーなのだ。彼女は去年の春中央大学の進学を決め、現在は駅伝部のマネージャーとして活躍している。バリバリバイト人間の私とはここでも正反対だ(笑)

お互いに忙しくひと月に一回程度しか会うことはできない。しかも彼女の部活は前日の夜11時に翌日の予定がわかるので、「明日ランド行こう」「明日映画行こう」とこんな具合で会うことになる。だが私にとってもこのギリギリ感がやはり心地良く、楽しくもあるのだ。再会した「その日」から色々なところへ行き色々な話をし、早くももう1年だ。これから先また何かがあって彼女は突然に姿を消すかもしれない、あまりの忙しさにすれ違うこともあるかもしれない。だが私はもうぶれることはない。何があっても彼女を信じているから、私にとって彼女がそうであるようにいつまでも彼女のかけがえのない相棒が私であってほしいと心から思う。

私たちはお互いのことを「親友だよね」とか「仲良しだよね」なんて確認し合う事なんて無かったし、「ケンカするほど仲が良い」と大喧嘩することは皆無だった。だが、私たちの代の駒中生に「はつみと言ったら?」と振ったらきっと100%の人が「彩」と答えてくれることだろう。時間ができたらもう一度彼女と団子坂をのぼって駒込を訪れようと思っている。

長田先生、いかがでしょう(笑)?偶然としか言いようがないのですがこれを書いている今日(3/17)は、5年前に私と彩が別れた駒込中学校の卒業式でした!すごくないですか(笑)?

 

 

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