もえ。1

今月の6日~10日は卒業生のコラムです。
今回は「もえ」。かなり上手。
長田もこんなコラムをかけるようになりたいです。。。

 

文を書くということ

 

皆の中で日記を書いている人はどれくらいいるのだろうか。私は実は中学1年生の10月11日から書いている。中学3年生までは毎日書いていたのだが、今は2日に一度とかになることが多い。それでもこれだけ長い間なにかを続けられたことは私にとって誇りになっている。

日記を書いていて思うのは、自分の思いを言葉にするというのは、自分の一部をそこに映し出すようなもので、つまり自分の欠片なのだ。12歳の頃の日記を読んでいるときは、そのときの自分の意志や思いがその文からリアルに甦ってくる。直接的な表現でなくても、感じるその確かな『記憶』は時に一度経験したことでも新鮮に感じたりすることもある。

16歳のある日書いた日記で、最近読み返して懐かしくなったのここに一部書こうと思う。

 

 

『本当にやりたことをやれている人ってどれくらいるんだろうか。おかねとか嫌らしい事を考えると全てが上手くいくわけじゃないが、なんかそういうのをぶっこわしてやりたいことを我武者羅にやっている人が好き。

 

きっとそういうんって環境に恵まれていないと出来ないことなんだろうけど、とりあえずなにかやりたいことがあって、一生懸命な人に私は惹かれる傾向がある。でも…突っ走っていくような事が私には出来なくていらいらして、賢く生きようなんてしている自分に腹が立って、けど何を始めていいかわかんなくて。

 

否、分かっていても出来ない自分がいて、念入りにチェックした橋を『私はこんな橋も渡れる』みたいな偉そうな顔して渡っている小心者で、憧れる人はいっぱいいるけど、どんどん遠くなっていくような、そしてもっと切なくて気がついたらご飯3杯食べてた。嗚呼、私には食べるものがある。それってかなり幸せなことなのだ。今、世界中の子供達の中には大人になるのが夢な子供たちもいるのだ。

 

綺麗に道が整っているから無性に汚したくなるのか?ちょっと色をつけて少し歪めたほうがお洒落な気がする年頃なのか?そうだな、なにに賭けてみようか。』

 
全然まとまっていないのだけれども、なんかそれが愛おしいと思える青春の独り言。暫くして読んだら恥ずかしすぎて直視できないような文を平気で書いてみせる自分。なんて青臭いと思っただろうが、青春は病気なので、「格好つけているもえさん」と笑って流してそっと受け入れてくれたらとても嬉しい。もし真剣に読んでくれた人がいたなら心から感謝をいいたい。

 

 

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