無題。1~3

3月17日、所沢大学就職指導部の武藤さんから

「千駄木学園が数学の専任を募集しているわよ」と電話があった。

大学3年の冬から、ちょくちょくと就職指導部の面談ルームで武藤さんには相談してきた。

「ブラックだといわれている学校の教員になるのって、どうなんですかね?」

と不安を抱える僕の心を察してか、

「仕事で一番大事なのは情熱よ。それこそ、何を仕事にするかではなくて、その仕事を通じて自分に何ができるかが大事なのよ。というか始める前に悩んでも仕方ないわよ。悩むなら始めてから悩みなさい」

 

といつも笑顔で励ましてくれた。

 

残念ながら、公立の採用試験は一般教養をあまり勉強していなくて不合格。私立の高校は筆記はパスするものの、面接で正直に答えすぎてしまい、不合格。ある学校の面接試験では、

「高校時代の思い出を語ってください。」

と言われて正直に

「スクールバスが出ない長期休暇中は学校まで2時間かかって大変でした。その点、貴校は最寄り駅から歩いて3分でとても楽ですね。」

と答えたら、試験官から

「私達が聞きたいのはそういうことじゃないんだよ。」

と軽く指導まで頂いてしまう始末。

 

そんなときも

「正直に答えることは誠実な寛治くんのいいところだけど、社会に出るということは組織で働く事になるんだから、相手に合わせた発言をすることも大事なのよ」

と笑顔でアドバイスをくれた武藤さん。

 

その武藤さんが、卒業式を終えたあとでも、専任の募集があることをわざわざ電話をかけて教えてくれた。実は、4月から城東予備校の講師をする予定だった。いや、予定といっても、明日電話しようと思っていただけなのだが・・・。折角なので、もう2度と行くことのないと思っていた母校に行くことにした。

 

 

1週間ぶりに来た母校は特に何も変わっていることはなく、あえて言えば春休みだから、学生がほとんどいない空虚な空間だったということだろうか。航空公園駅から徒歩3分なのはいいことだが、入り口の北門から一番南に位置する就職指導部までたった1分で辿り着いてしまう埼玉県にあるのに狭い敷地の所沢大学。航空公園を買収すれば素晴らしい大学キャンパスになるのにな~。と考えながら、就職指導部のドアを開ける。

 

ここには多くの新4年生で賑わっていた。リクルートスーツを着用して卒業生の名簿を見たり、就職説明会の案内をチェックしていたりする。なんだかんだで所沢大学の就職率は良い。学部や学科の推薦は豊富だ。僕の数学科でもドコモやメガバンクの推薦枠は結構あった。早稲田や慶應には負けるが、説明会にエントリーすれば、「定員で締め切りました」と拒絶されることはないらしい。

 

らしい??

 

そう、僕は教員志望なので、就職活動を一切していない。もちろんリクルートスーツも持っていない。実はとある私立高校の採用試験の不合格の原因はTシャツで行ったからだ。夏で暑かったし、教員なのだからジャージでいる人もいるんだから、襟のあるポロシャツでもいけるんじゃないかって・・・。

このことを報告したときは、流石に武藤さんの笑顔もひきつっていた。

 

 

まぁ、そんな世間知らずの僕だからこそ、ずっと世間に出なくて良い教師を選んだというのもある。なんというか、スーツにネクタイをしていると、兵隊のような感じで苦しいんだよね。

 

 

「寛治くん、待っていたわよ!」

 

いつも笑顔の武藤さん。今日もやっぱり笑顔が最高だ。笑顔がいいというけど、一番のチャームポイントはクリッとした瞳。もうあの瞳に見つめられたら、どんな男だって撃沈だろう。個人的には資料を見るときに眼鏡をかけた奥に見える瞳がなんともいえない。黒を基調としたスーツ姿がまた格好いいんだよね。

 

今日は春休みという事もあってかスカートだけど、これまたをかしだね。

 

「武藤さん、昨日は電話有難うございました。それで千駄木学園の募集はどんな感じなんですか?」

 

早速募集用紙をカウンターに載せてくれた。おっ、給料は結構いいようだ。昨日、武藤さんから連絡を受けた後に早速高校案内の千駄木学園のページを開いたら、仏教の学校だった。あくまで僕の採用試験の経験値だが、仏教の学校は給料が良い。坊主丸儲けってやつだな。逆に意外だったのは、ミッション系の給料が安かったということ。きっと教会にお金をむしりとられているんだろうな~。なんだかんだでローマ法王って遊んでいるイメージ有るしね。

 

「問題は申し込み締め切りが明日なのと、採用試験が明後日ということなのよね。寛治くんの予定は空いているの?」

 

唐突に武藤さんが僕に話しかけてきた。いや唐突ではない。僕の悪い癖の妄想が始まっただけだろう。

 

「はい、本当は予備校の面接試験があったんですけど、キャンセルしてきました。」

 

まぁ、キャンセルとは予備校に電話をかける行為を指すのだが、それは黙っておこう。

 

「それじゃあ、このお知らせはコピーしたヤツだから、そのままあげるわ。早速家に帰って履歴書を書いてね。締め切りは明日だから郵送じゃなくて、

明日直接千駄木学園に行くのよ。」

 

一浪しているからすでに23歳なのだが、なんか子供扱いされている気がしてならない。まぁ、今までの採用試験の失敗をしている武藤さんはきっと呆れているのか、それもとも僕のことを弟のように可愛がっているのかわからない。きっと可愛がってくれているのだろうと前向きに捉えておく。

 

「了解です。武藤さん、今回こそは吉報を届けられるように頑張ります。見ていてください!」

 

「そういう発言をするときが一番危なっかしいのよね・・・」

 

武藤さんには見破られている・・・。だけど、今回はなんか上手くいきそうな気がしてならないんだよね。

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