教師の仕事

15 年ほど前、高校1年から順調に3年まで生徒ともに進級したことがある。そのときの生徒で理系特進クラスにいながら、早稲田大学商学部に合格した「かがやき」という生徒がいた。「かがやき」は1年のときは進学クラスで、2年から特進クラスに入ってきて長田が担任となった。

かがやきは2年5月末の修学旅行で部屋交流をして学年訓告を受け、10月ごろに行われた体育集中授業では彼女といちゃいちゃしながら授業を受けていたので、1時間ほど正座させるなど、生活指導で親を何度も呼んでいた生徒だ。

 

 

この生徒が変わったのは高2の12月に行った3者面談のときだったと思う。いつもはへらへらしているのに、このときは真剣な顔をして「僕もそろそろ受験勉強を始めようと思います。」と言い出した。親は「長田先生が(自分の体験談)を話してくれたからです」と言ってくれたが、私は「(青山学院大学に通っている)兄にバカにされたくないから」だと思っている。

 

そして彼は「兄や父の体験談を聞きながら、自分なりに考えた方法で行おうと思っています。まずは英語で、英文法から始めて、3月には構文などに入れたらいいと思っています。2月から古典を、そして4月から世界史を始めたいと思います。」と発言をした。おそらく自分では3教科をいきなり始めるのは無理だと判断したのだろう。
それからの彼は変わった。放課後に彼女と一緒に下校することはあったが、休み時間はひたすら「英単語帳」や「英熟語帳」「英文法の実況中継」を読んでいた。そして、授業中に点検を付けられたり、私から注意を受けたりすることが皆無になった。

 

正直すごいことだと思う。なにしろ私の授業は数学で彼にとって受験科目ではない。おそらくモチベーションは下がりまくっている。そのことを彼と話したとき、「確かに受験とは関係ないですけど、1をとったらまず進級できないし、なによりも怒られる時間がもったいないので。5をとるつもりはないけど、自分が(理系を)選んだことですから」と言いきって、すべての授業をきちんと受けた。

 

本来文理系は1年次に選んだら、3年次に変更はできないが、たまに理系から文系にのみ認められることがある。(今は無理です)その話をしたら、「このクラスのほうが落ち着きます」と言って3年次も数学や物理がある理系特進クラスを選択した。
3年になり6月に面談をしたとき、「国語は順調なのですが、英語が遅れて困っています。まだ構文に入れません。あと世界史をやってみたんですけど、量が多くて12月までに終わらせる自信がありません。なので、今から政経に変更します。」と彼は言った。自分を客観的に見て計画しているなと思った。
8月にも3者面談を行ったのだが、そのときも英語が大幅に遅れていたし、まだ模試などで結果を出していなかった。(ずっとE判定です。)しかし、私は「かがやき」が少なくともGMARCHのどこかにひっかかるだろうなとは確信していた。それだけの努力は行っていたからだ。
そして受験になり、「かがやき」は明治と早稲田に合格した。その後、本人とは連絡をとっていない。何故か父親とは年賀状の交換をしているのだが(もう14年経つんだな~。)、何も触れていないので、きっと元気にやっているのだろう。
「かがやき」は塾や予備校には一切通っていない。学校の授業も理系クラスなので、英語以外受験科目は自学自習で行ってきた。それでも彼は早稲田に合格した。私は“教師って何なのかな?”と自問自答するようになった。それは今でも続いている。そして未だに答えは見つかっていない。

 

ただ、最近松岡修造の「本気になればすべてが変わる」を読んで、“これだっ!!”と思ったことはある。「かがやき」は自分を見つめなおし、計画を立て楽修し、家族や私の意見に、素直に耳を傾け、自分なりにアレンジして臨んだ。

 

「かがやき」を通じて学んだことは“本気になって、何事も諦めず、行動に移し、継続できれば、不可能なことはない”ということだ。

・・・・・・・・・
このコラムを書いた(今回ちょっとだけ手直しをしました)のは、もう7年前になるのですが、生徒を育てるためには褒めることも叱ることも大事なのですが、「放っておくことも大事なんだなぁ~」ってかがやきや3年前に京都大学に合格した「たかし」、慶応に受かった「りょうた」とかを見ていて思います。

 

教師という仕事は、生徒のことをよく観察してその生徒の本質を見抜き、その能力を引き出してあげることなのかな~、と最近は思っています。(まぁ、またそのうち変わるでしょうが・・・)

 

コメントは停止中ですが、トラックバックとピンバックは受け付けています。