無題。7~10

 

「大田先生、お待たせしました。こちらへどうぞ。」

 

筆記試験が終わってから待たされること1時間。その間、最初はいろんな質問を想定して返答の準備をしていたけど、途中から、「この学校で教員をしたら、禿げるのかな?」とか妄想がスタートしてしまった。

「はい、よろしくお願いします。」

 

筆記用具や面接対策の高校受験案内を鞄にしまって事務員のあとに続いて歩く。面接が行なわれる会議室にノックをして入る。そこには坊主が・・・。

「えっ、半分も・・・」と口にしそうになったが、なんとかこらえて、指定された席に着席する。

 

目の前にいるどこから見てもさっきまで葬儀に出席していましたという袈裟姿のお坊さんがニコニコしながら

 

「大田先生、初めまして。千駄木学園理事長の筑土です。本日は宜しくお願い致します。」

 

えっ、理事長なの?理事長さをまったく感じさせない。他の学校を受験したときの校長や理事長はもっと威厳があったのに、それこそ右端にいる白衣のハゲのほうが怖くて・・・

 

「あっ、さっきのトイレであったハゲだ!やばい、きちんと挨拶しとばよかった・・・」

 

その白衣のハゲ、いや、面接官の先生は数学科主任の長井先生というらしい。やばい、トイレに行きたくなってきた・・・。

 

 

 

 

「私の名前は大田寛治、23歳。先日、所沢大学理工学数学科卒業しました。本日は宜しくお願いします。」

 

「学生時代はどんなことに力を注ぎましたか?」

 

「はい、私は中学からサッカーを始めて、主にGKをやってきました。GKは唯一フィールドを全て見渡せるポジションであり、キャッチやキックなどの基本的動作だけでなく、視野の広さも要求されます。」

 

・・・。この視野の広さが災いしてさっきから全然集中できない。。。筑土理事長の質問はよくある普通の質問なので、大丈夫なのだが、右端にいる白衣のはげ、いや、長井先生の視線が気になる。明らかにこっちを睨んでいる。トイレで何かしたっけ?挨拶しなかっただけだよな?

 

「はい、数学以外の得意科目は日本史です。歴史は暗記科目と言われますが、英語でhistoryというようにhis storyであり、そこには浪漫溢れる物語が展開されています。」

 

ん?なんで日本史の話になったんだ?というかなぜずっと睨まれているんだ?

 

「はい、大好きな歴史上の人物は織田信長です。旧体制をぶち壊し、常に新しいものを取り入れていく姿勢は素晴らしいと思います。教員の仕事は

言ってしまえば過去を教えるものです。私は常に学ぶ姿勢を大切にして今を伝えられる教員になりたいと思います。」

 

そうだ、これを言いたいために、自分から歴史のほうへと誘導したんだった。っよし、今日の俺絶好調だな。

 

 

 

 

 

 

理事長、校長、教頭の質問はきっとうまく解答できたと思う。最後の数学の先生の質問だな。ずっと睨んできているだけに、油断しないように慎重に答えないと・・・

 

「大田先生はさきほどの試験問題の出来はどうでしたか?」

よし、想定内!

「はい、ベクトルの問題は完璧に解けたと思います。関数は答えがきたなくなってしまったので、不安ですが、手順は間違っていないと思います。」

 

「そうかな?確かにベクトルの答えは確かに合っていたけど、必要十分条件の確認がされていないから減点だよね。あと関数は確かに手順はあっているけど、条件にxは正の数と書いてあるのだから、答えが負になった時点で、計算間違いだと気付くべきではないのかな?ちなみにどこで計算間違いをしたか分かるかな?」

 

『分かったら直しているに決まっているだろ!このハゲ!』という言葉を呑み込んで、

 

「平方完成のところでしょうか?」

 

「いや、そこはあっていたよ。」

 

「では、場合分けのところですか?」

 

「いや、そこもあっていたよ。」

 

「では、どこでしょうか?」

 

「質問しているのはこちらだよ」

 

こいつ、意地悪いヤツだな~。ここに入ったら、こいつにいじめられるのかな・・・

 

「わからないです。教えていただけますか」

 

「わからないなら、仕方がありませんね。次の質問に移ります。」

 

おい、この質問意味なくないか?これパワハラだろ!

 

「大田先生、あなたが授業で心掛けていることはなんですか。」

 

そう、そういう質問をしようよ。

「はい、いかに生徒にわかりやすく教えるかです。場合によっては放課後なども質問タイムを設けて、生徒が理解できるまで、一つ一つ丁寧に教えていきたいと思います。」

 

どうだ、この熱心な教師像を示した模範解答!

 

「私は、分かりやすく教えると、生徒の考える力が失われるので、その考え方に反対なのだが、君はそれについてどう思う。」

 

えっ、そう返してくるの?この人面倒だな。こういうときは自分の意見に縛られることなく、相手に合わせていかないとね。

 

「確かにそうですね。ご教授いただき、有り難うございます。これからは生徒に考えさせる授業を心掛けたいと思います。」

 

よし、無難な回答だな。

 

「君は自分の主張をそんな簡単に変えるのかね?生徒はそういう先生たちのいい加減さを見抜くよ。君は教師に向いていないね。」

 

そこまでいうか!これは、確実に落ちたな・・・・。こうなったら、前向きに長井と一緒に同じ職場にならなかったということを喜ぶべきだな。

 

 

 

 

 

 

10

「もしもし大田ですが、」

学校を出て、白山駅に向かって歩道をとぼとぼと歩いていたら、携帯が鳴った。しかも、いま面接試験でボロボロに叩きのめされた千駄木学園から。

 

「私、千駄木学園の数学科主任の長井です。先程、大田先生を採用することが決定いたしました。つきましては、すぐに来年度の準備に向けてお話をしたいと思いますので、帰宅中で申し訳ありませんが、こちらまで戻ってきていただけませんか。」

 

えっ、あんなにボロボロに言われたのに採用なの?あっ、そうか、みんな、あいつにボロボロにやられたんだな。納得!

 

「どうも有難うございます。一所懸命に頑張らせていただきます。はい、直ぐに戻ります。」

 

採用が決まった嬉しさで、あいつのネチネチした口撃があることを忘れていたよ。学校に戻ったら、応接室で面接試験の続きが始まった。

 

「うちのが学校が天台宗の学校ということは知っているかい?」

 

知っているよ。それぐらい調べたさ。

 

「はい、知っています。それが何か?」

 

「では天台宗の総本山はどこだい?」

 

数学の先生だからって歴史でならっているからそれぐらい知っているさ。

 

「比叡山です。」

 

では「織田信長が比叡山を焼き討ちした件は?」

あぁ!なるほど、地雷踏んだわけね。

「はい・・・」

 

「知っていて、君は尊敬する人に織田信長を挙げたの?」

 

「・・・・・・」

 

「黙っていては分からないよ。」

 

「深く考えていなかったです。。。」

 

「今日、大田先生の面接をしていて、軽薄というか浅はかな考えだなって思ったよ。数学の試験に関しても、手順は問題ないんだけど、考察が足りないんだよね。そういう軽率な判断をすると、生徒が困るんだよ。君は生徒の一生を背負えるのかい?」

 

ごもっともです。ただ、さっきから、全然来年度の話にならないんですけど・・・。もう1時間もさっきの面接の反省会なんですけど・・・。面接15分でなんで反省会が1時間なの・・・。

 

「さて、来年度なのですが、」

おっ、俺の心を読めるのか?そう、そういう話を待っていたんだよ。

 

「高校1年の担任をしてもらいます。」

いきなり担任?

「授業は主に数Aです。確率を中心に指導してもらいます。」

やばい、確率は苦手なんだよな・・・。

「明日、クラス分けの会議があるので、10時に学校に来てください。」

おっ、本格的な話になってきた。実感が少しずつ湧いてきた。

「以上です。」

えっ、終わり、面談反省会1時間で、大事な要件は1分?

「ん?何か不満?」

やばい、俺の心を読めるのか?

 

「いえ、そんなことはありませんけど。」

 

「では何か?」

 

「先程から、凄い色々と指導を頂きましたが、何で私が選ばれたのでしょうか?」

 

「あぁ、君は理事長と誕生日が同じなんだよ。たぶん、それだね。」

 

はい?

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