山登り

長田は歳をとったせいか、他人と比較することがなくなった。他人と比較する事にあんまり意味が無いということに気付いた。

他人より優れているかどうかって正直些細なことだと思う。まず優れているかどうかって誰が評価するの?評価の基準は何?そうやって突き詰めると、優れているってなんなのかが分からなくなる。

最近の長田クラスの生徒にいうのは、「玉蘭祭は優勝を狙っていない。体育祭のように結果が得点に結びつくなら、もちろん優勝を狙うけど、玉蘭祭の演目の採点は当日だけだよ。しかも評価基準って審査員次第だよ。少なくとも夏休みから準備したことなんて評価されないし、こっちが細部まで拘ったものをつくっても、審査委員が気付かないと意味が無い。だから、長田は過去の長田クラスを超えることを目指している」というようなこと。

これなら、評価は長田が下すことだから、ぶれることはない。

評価は他人がするものであり、その評価は人それぞれ。そんなことに振り回されてストレスをためてもね~。

もちろん、評価を高めるためにいろいろと工夫するけど、他人に勝とうとか、負けたくないとか考える時間は無駄だなって。

それよりは、目の前のゲストに対して長田は何をできるだろうか?って考えて行動するほうが大事。

競い合うの大切だけど、それだと本質からずれる。

一人ひとりを山に例えると、その高さを競うだけでなく、風景やもっと色々な面を加味して、その山独自のものを持つほうが、登山者からの評価は高くなる。

日本一の高さを誇る富士山。もちろん人気もあるだろうが、他の山に人気が無いわけではない。他の山には他の山の魅力がある。高さで全てが決まるわけではない。

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